ある因より生じる果を観測するという実験において要因より生じたことが期待通りの経過を以って結果に至ることが実験の成功となるだろうか?
ある因果で生じる現象が別の状況では不充分となった時に、それでもなおその因果を普遍の原則として扱おうとするのだろうか?
その態度には美学はあるだろうが学理の探求はない。
理は常に深化し、学に終着点はなく、原則に不変性はない。
どこからどこをみているのか
どこからなにに耳を傾けているのか
稽古で2つを扱うようになってしばらく経つ。
改めて思うのは原理・原則は日々発見し更新されていくもので、原理・原則を不変のものとし保持することが目的ではないということだ。
来し方から行く方へをみるのか、行く方より振り返り来し方をみるのか、同じ道中にありながらその風景は全く異なる。
耳を傾けることも同様に音の消えゆくところへ耳を傾けるか、音のなる前の未然の間に耳を傾けるかで聞こえる音は違う。