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他者性の喪失
指導者が自我や権威のために流派を用いると碌なことにならないのは自明だが、そうした振る舞いによって流祖、先人、師といった自分より前にいた他者が遠のき、消えていく。
流派、体系、型、式も所有物となり、他者性が消える。
この根本的な欠損は本人の自覚出来ないところで起きている。
場に入る態度
師弟関係、先生と生徒の関係は真摯さ、敬意が前提となる。
師は自身の出来ること、知ることを生徒に伝えるよう真摯に努める。
生徒は師が伝えんとすること、示さんとすることに真摯に向き合う。
稽古とするならば最低限ここは欠かせない。
師が自我や権威のために流儀や生徒を利用するのも論外ならば生徒が学ぶ気も変わる気もなく、自分に都合の良いように振る舞うのも論外である。
流儀、人、縁が揃う場に入るにはそれ相応の態度というものがある。
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